Vol. 1-1 Introduction I 病のはじまり

父はがんだった。2013年に父の知り合いの医師が肺にできた初期の腫瘍を発見した。たばこを吸わない父を私は見たことがなかったから、動揺はしたが、大変な驚きでもなかった。総合病院で診てもらい、手術した。右肺と左肺の一部を摘出。真っ黒な肺の切れ端を医師に見せられた母から手術成功の知らせが送られてきた。手術に続く抗がん剤投与に父は大きな打撃は受けず、よく病院から脱走しては表通りの向こう側にある父が母と築いた生花店に赴いた。髪は抜ける前に隣の美容室で剃ってもらった。

その頃私がいたニューヨーク州ロングアイランドと故郷、福岡県飯塚市とでは11,400kmほど離れているらしい。LINEで家族との会話が無料でできる昨今、コミュニケーションにおいて距離はもはや問題ではない。しかし私は父の病気の経過の詳細を正直あまり知らない。母が父の傍にいて、当時インドネシアに赴任していた姉がたびたび帰国していたため、ふたりに任せきりだった。送られてくるメールであらゆる検査と治療が行われていたことは知っていたが、地球のこちら側から私に何ができるわけもなく。距離が言い訳にはならないことはわかっている。ただ、時折電話口に出た父はいつも変わることなくひょうひょうとしていたから、完治を、疑わなかった。

余談だが、肺の手術後に新しく就いた主治医を父はひどく嫌った。患者を見下し、情報も満足に提供しない。面談で質問する父を頭ごなしに罵倒する横暴極まりない態度は許し得ない。最初の抗がん剤治療が終わった時に母が手渡した『礼』を医師は手早く受け取り、白衣のポケットにしまったという。『病院スタッフへの返礼は固くお断りします』という張り紙の前で。

父は言うだろう。

「あん人はお偉い先生やけん。よか死に方はしんしゃれんやろ。なまんだぶつ なまんだぶつ」

 

今日のコラージュ 『りんぼう貝』3×3インチ

 

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