Vol. 1-4 帰郷

 母と姉から毎日のように届く父の写真を見て入院当初はぎょっとした。頭が異様に大きく、顔全体がむくんでいるようで、顔色が悪く土色。言われなければ、正直父だとわからなかった。次第に顔色もよくなり、笑顔も出てきたので安心はしたが。髪が抜け、眉がなくなると人はまったくちがって見える。ベッド横の洗面台の鏡に映る自分の姿を見つめては静かにため息をつく父がいた。父の機嫌はよくないことが大半で、食欲もない日が多かった。時々夜中に病室で転んではそのまま床で眠りこけている父を看護師が発見し、母に平謝りで電話をかけてきた。私たちは、ああまたコケたか、くらいで笑っていたのだが、病院では大問題だ。とうとう父がベッドを離れるとナースコールが鳴るマットを床に配備された。気分がすぐれず、つじつまの合わないことを言ってみたり、悪態をついてくる父のことで姉は悲痛をもらした。入院中は父はいつも治療のない土日だけ帰宅していた。ボケ防止への母の配慮だった。私の帰国直前の週末も帰宅していた父だったが、日曜の朝、自宅のベッドで父は目を覚まさなかった。意識がなかった。救急車で病院に運ばれた。原因は低血糖で、もう少し気づくのが遅れていたら危ないところだった。うちに救急車が来たのはこれが初めてだった。

 シラキュースからシカゴと成田を経由し福岡に着くのは日本時間の夜9時。飯塚の家にたどり着くのはニューヨークの自宅を出てから28時間後ということになる。なぜ西海岸を選ばなかっただろうと日本に行く度に思う。2017年8月29日火曜夕刻。成田で既に朦朧としていた意識は、福岡へ飛ぶ最後のフライトでより一層遠のいていく。出される飲み物が冷たいお茶だろうとコンソメスープだろうと、「お目覚めですか?」と書かれた赤いシールが目の前に貼られようと、もはやどうでもいい。2時間余りののち福岡市の夜景が視界に入り、シーホークや福岡タワーの光を横目に飛行機が高度を下げる頃に目覚めるのが一番いいシナリオなのだが、あまりに眠りが深いと着陸のショックで目覚め、パニックになることになる。幸い今回は前者だった。空港で家族に出迎えられ、車に乗り篠栗を抜けて二つのトンネルをくぐり、八木山バイパスを下りる。穂波川に沿って走り、嘉穂劇場傍のカーブに差しかかると漆黒の二つの河川のむこうに父のいる病院の明かりが見える。安心と興奮と緊張が混ざった妙な感覚があった。

 10時を過ぎた病室で父が私の帰りをせわしなく待っていた。日曜に救急病棟に担ぎ込まれたものの、父は早々に回復し、一人でも問題なく歩けるようになっていた。成田からの便が遅れたため、父は気をもんで、空港まで迎えに来ていた母の携帯に数回電話をかけてきた。夜の病院は恐ろしく静かで薄暗く気味の悪い空間だ。警備員にエレベーターを作動してもらい8階へ。病室の引き戸を開けたとき、父はドアに背を向けてベッドに腰掛けていたが、振り返ってすぐに立ち上がり「おう」と満面の笑顔で言った。

ただいま。

 父をハグせずにはいられなかった。発病から4年半、初めて触る生の父。小さかった。産毛のような髪が生えたまるで桃の肌のような頭を撫でると、「可愛かろうが?」と笑った。帰ってきてよかった。

 翌日インドネシアへ戻る姉に代わって毎日病室に通った。特別何をするでもなく、放射線治療に毎日車いすで連れられて行く父を見送り、自転車マシンのリハビリに付き合った。相変わらず食事がおもしろくないだの、歯を磨きたくないだの、リハビリのやりすぎでお尻が痛いだのと、子供のようなことを言ってはいたが、私は容赦しない。プッシュする私に結局は従ってしまう父がおかしかった。私は一番悪い状態の父を写真以外で見ていない。そのためか、この数日寧ろ元気な父とつきあって、この人は大丈夫、と高をくくった。

 短い滞在期間が概して和やかに、でも急速に過ぎようとしていた。

 

今日のコラージュ『渡り鳥』 4×6インチ

 

 

 

 

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